とうべつ浅野農場について

私たちは浅野農場です

浅野農場の豚は、当別の大地で収穫された香り高い小麦を食べて育ちます。
もみ殻を深く敷き詰めたふんわりやわらかいベッドの上で元気に走り回り、やがてそのベッドは豚のおしっこやフンで発酵し、堆肥となります。
その堆肥で、アスパラやとうもろこしなどの滋味溢れる美味しい農作物がそだち、当別に住む人はその野菜と私たちの豚を食べて健康に育っていきます。
この魅力溢れる当別の土地で、そんな健康の輪がずっと続いていきますように。そう願って私たちは豚を育て、野菜を作っています。

浅野農場の写真

ようこそ「とうべつ」へ

札幌の北東20km、車で45分とかからないエリアに位置する自然豊かな町、当別。札幌が通勤圏内という都市の利便性を持ちながら、広大な田園風景やたくさんの山や川に囲まれた自然の中でのんびりと暮らすことのできる美しい町です。人口約1万8千人の小さな町ですが、医療・福祉も充実。人々の暮らしは北欧さながらであり、その酷似した環境がもとでスウェーデン王国レクサンド市と姉妹都市提携を結んでいます。毎年町内のスウェーデンヒルズではスウェーデン由来の夏至祭が実施される国際交流の盛んな町でもあります
基幹産業は「農業」。野菜、米、小麦、果物、生花。肥沃な大地と澄み渡った空気の中で、のびのびと健康に育った農作物たち。その農作物を食べて、大自然の中でのびのびと健康に育つ人々。本当の意味で、豊かな暮らしを実現できる愛すべきふるさと、それが「とうべつ」です。

当別町のロケーション

浅野農場の歴史

昭和45年
先代社長である浅野政一は妻と夫婦二人で札幌市豊平区福住で豚を飼い始める。
昭和46年
政一がアメリカ農業研修に参加。アイオワ州・イリノイ州などをまわる2週間の研修で大規模な循環型の農業に衝撃を受ける。
帰国後、当別で大規模養豚を始めることを決意し土地を購入。ところが購入した土地での「豚舎建設」は難航し、そこでの養豚を断念(現在、直営店のスマイルポークおよびその裏の畑の土地)。
昭和48年
当別農協に相談し、農協で飼っている豚の近くが良いとのアドバイスで現豚舎のある土地を購入し、自宅と豚舎を建てる。親ブタ50頭程度で肥育舎もそなえた一貫経営をスタート。有限会社浅野農場設立。
昭和49年1月
現社長の浅野政輝が産まれる。

会社設立後は一貫して循環型農業を推進。他の農場や養豚家が取組まない新しい取組みをすすめる。農業試験場に相談しながら、小麦を発酵させないプロピオン酸を散布、飼料用デントコーンの収穫のためのストック&乾燥の施設を自ら開発、月寒の日糧パンから廃棄するパンの耳をもらって餌に入れる等々、本来あるべき循環型農業の実現にこだわり続けた。餌の生産を自前でやることの手間は単純な養豚業とは比較にならない作業量だったが、豚肉の味を決定づけるのはやはり「えさ」、どんなに手間がかかっても妥協はしたくなかった。
20年近くにわたって試行錯誤を繰り返し、手に入れたノウハウ。自前で作ったえさで育った浅野農場のブタ肉の味は次第に「ほかの豚肉とは違う」と評価され、直接買い求めにくるお客さんも出始めた。

浅野農場で元気に育つ豚の写真
平成4年
札幌市豊平区福住に販売店マッキをオープン。
平成10年
2棟あった豚舎のうち分娩舎が雪害により倒壊。廃業か建て替えを余儀なくされる。
平成11年
SPF化によって衛生管理が徹底され薬の投与も最小限に抑えることができるようになった。また同時に当別農協からもみがらを取り寄せ、バイオベッドとして使用。ブタの糞尿で発酵し堆肥となったものを地域の農作物の肥料として利用。もちろん自社農場でもふんだんに使用している。3倍近い量の堆肥で育ったアスパラはとても大きく、味も濃い。
平成12年
SPF豚として肉豚の出荷をスタート。9月には日本SPF豚協会CM農場として認定される。
平成15年
えさにも地域で収穫された小麦を混ぜることにする。同じSPFでもひと手間加える工夫で肉質や肉の風味が増してさらに一段階高い豚肉へとステップアップ。
平成16年
浅野政輝が代表取締役に就任。浅野さんの写真

浅野農場 - 北海道石狩郡当別町上当別2191-7
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